2014年3月24日月曜日

転倒

日常生活で、一番怖いのは転倒である。
私は、この1年で4回転倒している。1度は屋外で傾斜のある場所だったが、あとの3回は室内の平らな場所である。何かにつまずいたわけではなく、バランスを崩して倒れたのだ。
子供が転ぶのとは全く違う感覚だ。何の抵抗もできずに、棒が倒れるような感じで、バタッと倒れる。

転倒には、幾つかのメソッドがあるのではないかと思う。感覚的には、
①移動などで重心がずれる。
②重心のずれにより、バランスを崩す。
③バランスの崩れに耐えられない、踏ん張れない、立て直せない。
④転倒する。
こんなイメージではないかと思う。
バランスを崩すと、転倒は必至てある。だから、なるべくそうならないよう、重心をコントロールすることが大切と思う。

後ろに倒れるのが怖くて、どうしても、多少前屈みになっている。だから、視線を落とすと前に倒れやすい。視線を落とさないことが、一つのボイントだと思う。あと、頭の位置が大切である。両足の間に頭があれば、大きくバランスが崩れるリスクは小さいはずだ。

また、一度にいろいろなことをすると、バランスを崩しやすい。何かを持ちながら歩いたり、歩いている途中で方向転換したりすると、途端にバランスを崩す。歩く時は、歩くことのみに集中した方が良いと思う。私の感覚では、歩くことと方向転換は、一連の動作ではない。別動作だ。だから、歩く→止まる→方向転換する、と分けて、それぞれゆっくり行っている。

2014年3月21日金曜日

歩行

症状の進行を最も強く感じるのは、歩く時である。
1年前は、まだ杖を使って戸外を歩くことができた。しかし、今では、戸外は100%車椅子。屋内も壁を伝うか、歩行器を使わないと歩けない。
歩行困難の原因は、ふらつきである。特に、脚が思ったように動かせず、力も入らないために、バランスが取れないようだ。健康ならほとんど意識しないだろうが、歩行は、片足立ち→両足立ちの反復である。私は、両足でもふらつくので、一瞬でも片足立ちとなる歩行は困難なはずである。
そんな感じなので、壁や歩行器に頼りながら、両足を横に広げて、小股、摺り足のスタイルでゆっくり歩く。こんな状態でも、歩けている時はまたいい。頭かボーッとしたり、立ちくらみがある時は、そのまま体が動かなくなってしまう。あたかも、フリーズしてしまったかのようだ。そのような時は、無理せず、時には、家族の助けを借りて、ベッドに戻って休むようにしている。
室内でも、掴まるものがない所や狭い所は、行くことができない。おかげで?我が家の中なのに、私が行けない場所が次第に増えてしまった。

ふらつき

ふらつきは、多系統萎縮症の特徴的な症状だと思う。しかし、実際にどのように感じるかは、なかなかイメージしにくいのではないか。私自身、症状が軽い頃は、今のふらつきの感覚をイメージできなかった。
ふらつきは、歩く時だけでなく、ただ立っている時や座っている時にも起こる。ここでは、立位、座位でのふらつきについて書こうと思う。
今、私が立ち上がると、手摺などにつかまらいかぎり、ふらついて転倒してしまう。単に「ふらつき」ち表現したが、どうも幾つかの要素が重なってふらつくのではないかと思っている。
その要素とは、①脚が思うように動かせない、力が入らない、②脳がボーッととして強い眠気を感じる、③立ちくらみがして意識が薄れる、の3つである。そのうち、①の脚の症状が常にある。それだけで、立ち上がった途端にふらふらしてしまうのだが、そこに②、③の症状が重なると、立っていることも出来ない。症状が強い時には、座っていてもふらつき、時に倒れてしまう。
脳がボーッとしたり、立ちくらんたりする症状は、突然現れる。立ち上がってしばらくしてから「立ちくらみ」の症状が出ることもしばしばだ。そういう時は、何かにつかまって体を支えるか、可能なら横になって、症状が治まるのを待つ以外、方法はないようだ。

再開

ブログを再開しようと思う。
この間、時折体調を崩し、その度に気力が削がれていた。症状も進行し、介護保険の等級も、要支援2→要介護2になった。
このままいけば、遠くない将来、体の自由が利かなくなるだろう。たから、体が動くうちに、患者目線で、病気のことを書こうと思う。
考えを整理できないので、思いついたことをランダムに書くつもりだ。だから、きっと読みにくいだろう。でも、もし、同じ多系統萎縮症の患者さんはもちろん、脊髄小脳変症など、他の神経難病の患者さんの参考になることがあれば幸いである。

2013年4月1日月曜日

健康保険の変更

先日、健康保険を変更した。

これまでは、健康保険組合の任意継続被保険者、
つまり、会社員時代に入っていた健康保険組合に継続して加入していた。
保険料は最後に勤めていた年の収入に基づき算出される。
会社員時代は、保険料の半額が自己負担、もう半額は企業負担だった。
退職後は会社負担してもらえないため、実際に支払う金額はすごいことになる。
それでも、国民健康保険と比較してまだ保険料が少なかったので、
任意継続にしていた。

今年から年金収入だけとなり、それも一定の金額以下のため、
先日、妻の扶養家族と認められた。
そのため、現行の健康保険組合を脱退し、扶養家族として
妻の会社の健康保険組合に加入することにした。
ただ、「扶養家族になる」という理由で健保組合を脱退することはできない規則になっている。
そのため、形式上は、保険料の支払い停止を依頼し、
「保険料が払われなかったので組合から脱退させる」という手続きをとった。
その後、現行の健保組合から送られてきた「脱退証明書」を
妻の会社の健保組合に提出して、手続きは終了。
後日、健康保険証が送られてきた。

その後、役所の出先の障害福祉係で特定疾患の医療券の変更届け出をした。
(手続きは妻にお願いした)
必要なものは、①医療券、②新しい保険証、③H23年の妻の収入を証明する書類。
あと、役所備え付けの届け出書類にその場で記載し、提出する。
事前に電話で確認したにも拘わらす、収入証明書のところでは何度も行き違いがあった。
(結局、区民事務所で収入証明書を発行してもらい、それを提出した)

変更後の医療券がとどくまでの間、医療機関に提示するための「証明書」を受け取り、
手続きは完了。
終わって一安心だが、妻には迷惑をかけてしまった。

今までは、患者=被保険者本人だったため、難病医療費の自己負担額は、
規定の上限額の半額だった。
医療券変更後は、患者=扶養家族となるため、自己負担額は満額となる。
(妻と私の収入区分が同じのため、単純に自己負担額は倍になる)
しかし、これにも例外があって、変更により自己負担が増える場合、
医療券の更新時期(毎年9/30)までの期間に限って、従来の負担額と同額になる。
複雑な制度だ。

私は以前、区役所の本省に問い合わせてそのことを知ったのだが、
今回の窓口担当者はその例外規定を知らなかったようだ。
やはり本省に問い合わせて確認したらしい。
手続きも面倒だし、役所側にも周知されていない例外規定もある。
この制度に助けられてはいるものの、もう少し患者に優しい制度にならないものか。